深読みの淵

漫画とかを独断と妄想で語ります。

用語解釈:貴種流離譚

 この記事は、映画『万引き家族』の感想の中で書いた「貴種流離譚」という用語の注釈が長くなったので、別記事として独立させたものです。

 用語に対する個人的な拡大解釈であることをご了承ください。
 例示として複数の漫画や小説の内容に触れるので、多少のネタバレ要素を含みますが、本文中では重要なネタバレはしていないつもりです。核心に触れるかもしれないネタバレは脚注に書きましたので、見たくない方は脚注をスルーしてください。
 では内容に入ります。

 貴種流離譚というのは、民俗学者折口信夫が提唱した物語類型の一つです。高貴な生まれの人物が、身分にそぐわぬ不遇の境地に堕ちてさすらい、困難を乗り越えて栄誉を取り戻す、というのが基本構造となる物語です。
 代表例としては、高天原を追放されるスサノオノミコトの神話や、鉢かづき姫の民話が挙げられます。かぐや姫が地上に堕とされた月の貴人だったことが判明する竹取物語にも、その要素が多分にあります。
 源氏物語伊勢物語のように、貴族が配流されたり都落ちしたりする話もこの類型に含められます。実在の人物でも、源義経の生い立ちなどは貴種流離そのものの伝説として語り継がれています。
 日本以外に目を向けても、例えば新約聖書に記されたイエスの出生は、神の子が飼い葉桶に寝かせられるのがすでに不遇の境地と言えます。また、生まれて間もなく新たな王(キリスト)の出現を恐れた王によって殺害の命令を出され、両親に連れられて国外に脱出するという流離のエピソードもあります。このような、予言によって自らの地位を脅かされるのを恐れた王により幼くして殺されかけるも、他者に助けられて生き延びて成長し、やがて予言の通りに王に打ち勝つという物語は、旧約聖書モーセギリシャ神話のオイディプス王から白雪姫の民話に至るまで、貴種流離譚の定型の一つと言えるストーリー構造です。
 かように多くの例がある貴種流離譚の一番の売りは、高い生まれと低い境遇とのギャップにあります。ストーリーの面から見れば、主人公などの登場人物が価値ある者だという根拠を簡単かつ具体的に示すことができますし、キャラクターの面から見れば、神や聖人など信仰を集めたい登場人物が卑近な境遇で困難を受けることで、感情移入しやすくなるメリットがあります。

 この実に便利な貴種流離譚のエッセンスは、当然現代に創作される物語にも多用されています。
 現代の創作の例として真っ先に挙げられるとすれば、『守り人/旅人』シリーズ(上橋菜穂子)のチャグム皇子でしょう。彼は、生涯に2度の大きな流離を経験します。*1
 他には『NARUTO』(岸本斉史)もそうですね。共同体から疎まれていた主人公が修行の旅で強くなって、周囲から認められてから自らの恵まれた出自を知るわけで、まさにそのものだと言えます。ナルトが「貴種」である根拠を二重三重に用意しているのが大変念入りですね。*2
 『ハリー・ポッターと賢者の石』(J・K・ローリング)なんかも、養家でいじめられていた孤児が魔法界で英雄として迎えられる展開は、貴種流離譚の一番美味しいところを序盤に持ってきているわけです。*3
 『ONE PIECE』(尾田栄一郎)でも、多くのキャラクターの生い立ちのエピソードが当てはまります。*4進撃の巨人』(諫山創)でもヒストリアはまさにそれですし、他の重要キャラクターにもその要素があります。*5  さらに言えば、主人公の能力の根源の一つが血筋や出自にあると判明するストーリーは、そのものでないにしろ貴種流離譚の属性を持っているので、『DRAGON BALL*6(鳥山明)や『幽☆遊☆白書*7(冨樫義博)に『BLEACH*8(久保帯人)、あるいは『金田一少年の事件簿*9(金成陽三郎さとうふみや天樹征丸)までもがその要素を含んでいると言えるのです。
 さらに言えば、テレビドラマ『水戸黄門』(TBSテレビ)などは、ストーリーは貴種流離譚そのものではありませんが、得られるカタルシスは同質のものです。韜晦して放浪する貴人が身分を明かすことで悪者を圧倒して懲らしめるという筋書きは、貴種流離譚の美味しいところだけを最大限味わうためのものと言えます。現代の話としても、「困っているみすぼらしい老人を助けたら、実は富豪や社長で何倍もの返礼をされた」というストーリーは、半ば都市伝説のように様々なバリエーションを見かけますが、これも同じカタルシスを提供する物語ですね。

 これほどに貴種流離譚のエッセンスは多くの物語に広く取り入れられ、人口に膾炙しています。近代社会においては、家柄で個人の価値が決まるという価値観は衰退傾向にありますが、その代わりに一般化した遺伝という概念を媒体として、変わらず脈々と貴種流離譚は受け継がれています。
 凡人が実は明確な根拠をもって特別な人間だったという空想は、古今東西を問わず大きな魅力を放っているということでしょう。





脚注(余談)【ネタバレあり】

*1:【2度の大きな流離】
 1度目は『精霊の守り人』において帝の追手と異界の魔物から逃れて旅をしたこと、2度目は『蒼路の旅人』と『天と地の守り人』で、サンガルから捕虜として海を渡りタルシュに至った後、同盟を結ぶことを期してロタ・カンバル・新ヨゴを巡った一連の旅路です。どちらの旅でも皇子としての身分を隠して様々な階級の人々と触れ合う中で成長しており、まさに貴種流離譚だと言えます。
 同時にその2つの旅は、どちらも父親である帝によって排斥されることで始まっており、『父を超える』という神話などに普遍的に見られるモチーフも通底しています。作者の上橋菜穂子さんは文化人類学者でもあるので、これらの神話的なエッセンスを意図的に取り込み、巧みに物語を練り上げているのだと思います。

*2:【二重三重に】
 ナルトが特別な存在であることを示す最も印象的なポイントは、父親が四代目火影であるという血筋の特別さが明かされたことでしょう。それに並ぶのが、終盤で明らかになった、六道仙人の息子であるアシュラの転生者であり、彼のチャクラを宿しているという事実です。さらに大ガマ仙人の予言によっても、世を変革するという運命が上乗せされています。加えて、九尾を身中に封じているために膨大なチャクラを秘めていることやパワーアップが可能なこと、人柱力として戦略的に凄まじい価値を持つこと、母方のうずまき一族の強い生命力を受け継いでいることなど、物語の折々にナルトの特別さを理由付ける設定が開示されていきます。

*3:【序盤に】
 物語の最序盤でハリーの特別さが明らかになりますが、その後もう一度彼の英雄性の上乗せがきます。それが、物語全体が終盤へ向かっていく『不死鳥の騎士団』のラストですね。ハリーがヴォルデモートを倒す運命にあるという予言の存在が語られます。同時に、ハリーとヴォルデモートに特別な繋がりができていることも明らかにされます。

*4:【多くのキャラクター】
 ビビの冒険の顛末やレベッカの生い立ちは、貴種流離譚そのものです。一味の中では、サンジが王族であったことと不遇の流離の過程が明らかになるのがまさにそれです。ロビンも、ワンピースを探し世界政府と対峙する上で唯一無二の価値があることが判明します。また、エースがロジャーの息子だと分かって一気に最重要人物になる展開も近いものがあります。
 主人公のルフィも、初めは特に背景のない青年でしたが、Dの一族の特別さが示唆された上、伝説の海兵の孫であり革命軍総司令官の息子であることが分かり、強さとカリスマ性に理由付けがなされました。2019年現在ルフィの母親は明らかになっていないので、今後さらに上乗せがくる余地もあります。
 これらのキャラクター以外にも、素性の分からなかったキャラクターが王族その他の重要人物だと判明する展開は、何度となく存在します。

*5:【他の重要キャラクター】
 主人公のエレンが特別な存在であることは、巨人の力を操れるという形で序盤に示されます。さらに、王家が継承していた「始祖の巨人」を宿していることで、もう一段階貴種であることが明らかになります。また、ヒロインのミカサもヒィズル将軍家の血を引く貴種だと判明し、外交における重要性を帯びることになります。

*6:DRAGON BALL
 主人公の悟空が異星の戦闘民族サイヤ人だと判明する展開ですね。サイヤ人の中では下級戦士の生まれだったわけですが、純粋な強さの序列が中心にあるドラゴンボール世界においては、パワーアップする理由と余地があると明らかになっただけで十分に貴種の証明だと言えます。

*7:幽☆遊☆白書
 主人公の幽助が魔族として覚醒し、最強の妖怪だった雷禅の遺伝を受け継いでいることが判明する終盤の展開です。

*8:BLEACH
 主人公の一護については、父親が隊長格の死神だったこと、母親が滅却師だったこと、虚の力を秘めていること、完現術を発現する条件を備えていることと、特別である理由がいくつも語られ、パワーアップしていきました。

*9:金田一少年の事件簿
 主人公の一が名探偵・金田一耕助の孫であることが美雪の口から明かされて事件関係者が驚くシーンでは、貴種流離譚の旨みを味わえます。その旨みをさらに濃縮したものとして、一を事件から排除しようとする頭の固い刑事に明智警視が電話で「彼は名探偵の孫で、君なんかよりよほど有能だ。捜査に参加させなさい」と鶴の一声を飛ばす場面がたまにあります。